森重航の兄弟は何人?年齢差や家族構成・スポーツ一家の実態を調査!

スピードスケート選手の森重航さんが注目を集めています。

北京オリンピックで銅メダルを獲得し、2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは日本選手団の旗手に選ばれた森重航選手。

そんな森重航選手は8人きょうだいの末っ子として育ったことをご存知でしょうか?

大家族で育った環境が、今の森重選手を作り上げたのかもしれません。

この記事では、森重航選手の兄弟は何人なのか、8人きょうだいの構成やスポーツ一家の実態について詳しくご紹介します。

目次

森重航の兄弟は8人!兄弟の年齢差と大家族の構成を紹介

森重航選手は、両親と祖父母、そして8人きょうだいの合計12人家族という大家族の中で育ちました。

8人きょうだいの構成は以下の通りです。

兄弟姉妹の構成

  • 兄5人
  • 姉2人
  • 本人(末っ子)

森重航選手は8人きょうだいの末っ子で、長兄とは15歳もの年齢差があります。

兄の一人である森重秀之さんは、メディアの取材に応じて弟の活躍について語っています。

「上に7人もいたら、みんなできて当たり前という世界の中で、自分はなんでできないんだろうという劣等感があった。そのなかで航の性格が前向きで、やってやろうという気持ちで今がある」とコメントしています。

父親の森重誠さん(68歳)は酪農家で、約250頭の乳牛を飼育しています。

元ラグビー選手で国体出場経験もあり、航選手の練習のために往復40kmの送迎を続けた献身的な父親です。

母親の森重俊恵さんは、乳がんとの闘病の末、2019年に57歳で他界されました。

航選手が19歳の誕生日、亡くなる4日前に病床から電話で「航、スケート頑張れ」と最後の応援を送ったそうです。

この言葉が、今も森重航選手の原動力となっています。

兄弟もスポーツ選手?森重一家の実態

スポーツ一家

森重家はスポーツ一家として知られています。

兄や姉もラグビー、バレーボール、棒高跳び、野球などに取り組んでおり、中高で全国大会に出場した兄弟もいるそうです。

森重航選手以外のきょうだいの方々が現在スポーツ選手という情報はありません。

しかし、父親の誠さんが元ラグビー選手だったこともあり、子どもたちにスポーツを勧めてきました。

森重航選手がスピードスケートを始めたのは小学2年生の頃で、母親の俊恵さんが送迎を続けてくれたそうです。

森重家の実態

12人の大家族での生活は、食事も一苦労だったようです。

食事は1日2回転制で、米は月80kgを消費していたといいます。

一升炊きのご飯が底までなくなるほど、食欲旺盛な家族だったそうです。

兄弟姉妹が多い環境で育ったことで、森重航選手は競争心や負けず嫌いな性格が育まれたのかもしれませんね。

「上に7人もいる」という環境が、前向きでやってやろうという気持ちを生み出したと兄の秀之さんも語っています。

森重航を支えた家族の絆と亡き母への想い

森重航選手の活躍の背景には、亡き母・俊恵さんとの深い絆があります。

母は航選手が小学2年生の頃からスケートの送迎を続け、泣き言をはく航少年に「お前が自分でやるっていったことは、最後までやりなさい」と厳しくも愛情深く励まし続けました。

2022年北京オリンピックで銅メダルを獲得した直後、父・誠さんは天国の妻に向かって「航やったよ。メダル取ったよ」と語りかけたといいます。

森重航選手にとって、オリンピックのメダルは亡き母への最高の恩返しだったのでしょう。

12人の大家族で育った森重航選手は、兄弟姉妹や両親、祖父母に支えられながら、スピードスケートの道を歩んできました。

19年7月、最愛の母・俊恵さんが亡くなった。享年57歳。乳がんだった。 -- 中略 ーー

 息子の試合を見ることが何より楽しみだった。全国高校総体も3年連続で観戦していた。「航の誕生日まで生きるんだ」と、がんと闘った。7月17日。19歳の誕生日の夜に電話が鳴った。「スケート頑張れ」。その4日後の出来事だった。

 最後に交わした会話が、森重の覚悟を変えた。「スケートに懸ける思いがそこで大きくなった」。

出典:スポーツ報知

特に母・俊恵さんの「スケート頑張れ」という最後の言葉は、今も森重選手の胸に深く刻まれています。

2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは、日本選手団の旗手という大役を務めることになった森重航選手。

家族の支えと亡き母への想いを胸に、金メダル獲得を目指してリンクを駆け抜けます。

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は、森重航選手の兄弟について詳しくご紹介しました。

森重航選手は8人きょうだいの末っ子で、兄5人、姉2人という大家族の中で育ちました。

中高で全国大会に出場したきょうだいもおり、まさにスポーツ一家です。

12人家族での生活は大変だったと思いますが、その環境が森重航選手の前向きで負けず嫌いな性格を育てたのでしょう。

特に亡き母・俊恵さんの「スケート頑張れ」という最後の言葉は、今も森重選手の原動力となっています。

2026年ミラノ・コルティナオリンピックでは日本選手団の旗手を務め、金メダル獲得を目指す森重航選手。

8人きょうだいに支えられた森重航選手の活躍から、これからも目が離せませんね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA

目次